
大杉栄、伊藤野枝訳
科学の不思議
『織物に使はれる物の中で一番大切な綿は、亜熱帯の棉の木と云ふ植物から採るのだ。これは三尺から六尺位の高さの灌木同様の草で、其の黄色い大きな花は、やがて、綿の種類によつて純白な、或は薄黄色い色のかゝつた絹毛(きぬいと)の一杯詰つた、卵程の大きさの円莢(まるざや)になるのだ。この毛房(けぶさ)の中央に種子がある。』
『そんな風な毛房を、春、白楊(ポプラ)や柳の木の頂にバラ/\になつて落ちてゐるのを見た事があるやうに思ひますわ。』とクレエルが云ひました。
『その譬(たと)へは仲々面白い。柳や白楊の実は、針の尖の三四倍もある色のついた細長い尖つた円莢だ。五月になると此の円莢が熟する。その実は開いて、美しい白毛を放り出す。その中にあるのが種子(たね)なのだ。天気の穏やかな日は、此の白毛が木の根の下に落ち積つて、雪のやうに白い綿毛の床になる。が、遂に風に吹かれて円莢の片(かけ)が、種子ごと一緒に遠くの方へ吹き飛ばされて了ふ。その種子は斯(こ)うして新しい地面を見つけて、芽を出して木になるのだ。其他にも色んな種子が柔かな帽子や、絹のやうな羽毛を備へて居てそれでもつて、長い間遠くまで空中を旅行する。例へばお前たちが空に吹き上げて喜ぶたんぽぽやあざみの、あの美しい、絹のやうな羽毛のついた種子は、やはりそれだ。』
『白楊の円莢にある毛房は、綿と同じものになりますか。』とジユウルが尋ねました。
『それは駄目だ。それは余り少なすぎて集めるのに随分骨が折れる。その上、余り短かすぎるものだから、紡ぐ事が出来ない。だが、我々はそれを使ふ事は出来ないが、他の者には非常に有益なものとなる。この毛房は小鳥の綿で、鳥は巣に敷くのにそれを集めるのだ。鳥の中でも金翅は、賢い中の又一番賢い鳥だ。此の鳥の綿で出来た巣は美しい立派なものである。四五本の小枝の叉(また)に、柳や白楊の綿毛や、通りがかりの羊から抜き取つた羊毛やあざみの種の毛帽子で、此の鳥は其の雛に、どんな卵も今までに住んだ事もないやうな、柔かで温いコツプ形の蒲団を造つてやるのだ。
『其の巣を造るには、金翅は其の材料がごく手近な処にあるので、直ぐ其の仕事にとりかゝれる。春になると、金翅は其の巣の材料の事などは考へもしない。柳や、あざみは近所にいくらでもある。鳥は長い間前もつて注意して、いろんな巧妙な方法で其の必要な物を準備する智恵を持つてゐないのだから、斯うするほかに仕方がないのだ。人間は其の労働と智恵と云ふ貴い特権で、遠い国から綿を手に入れるが、鳥は自分の綿を、林の白楊の木に見附け出すのだ。
『成熟すると綿の円莢は広く開く。そして毛房は柔かな雪の塊のやうになつて溢れ出る。それを一と莢一と莢、手で掻き集めるのだ。布に載せて太陽によく乾かした毛房は、打木か或は其他の機械の力で打たれる。かうして綿は種子と莢とを悉く取り除かれる。もうそれ以上の手を掛けないで、綿は、我々の工場で織物にされるやうに、大きな包みに入つて来る。綿を一番沢山産する国は、インド、エジプト、ブラジル及び、北アメリカ合衆国とである。
『一年の中に、ヨオロツパの工場では、綿が約八億キログラム(一キログラムは約二百六十七貫)程出来る。此の大変な目方も決して多すぎはしないのだ。と云ふのは世界の人々は、高価な毛を着ると共に、又綿を更紗やパーケールや、キヤラコにして着てゐる。
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